『佐藤殺人事件』

 被害者は地面に「さとう」というダイイニングメッセージを残していた。
 赴任してきたばかりで最初は緊張していた私だったが、
 現場を目にしたところで少し肩の力が抜けた。
 被害者はペンションの経営者で、発見したのは宿泊していた5人の旅行者。
 それほど難しい事件ではなさそうだ。
 さっそく取り調べを開始する。
「この中に犯人はいらっしゃいますか? 自首するなら早い方がいいですよ」
 一応訊ねてみたものの、誰も名乗り出ない。
 田舎の駐在だからといって馬鹿にしているのだろうか。
「ここに佐藤さんという方がいらっしゃいますね!?」
 犯人はいきなり名指しにされて動揺したに違いない。
 わずかな沈黙を経て、一人がゆるゆると手を上げた。
 私はここぞとばかりに手錠を振り上げようとした。
 警察という職について7年、ついに憧れのシーンを実演できる。
 が、せっかくの名場面を遮るように残りの四人が遅れて手を上げた。
「な、なんです。どういうつもりですか? 皆さん全員佐藤さん?
 そんなわけないじゃないか。捜査撹乱ですよ。本当のことを言ってください」
「ホントにみんな佐藤なんだから仕方がないでしょう。ねえ?」
「な」「うん」「まあねえ」「そうそう」
 5人全員が仲睦まじく頷き合う。
「そんなバカな。み、皆さん、身分証明書を出してください」
 学生証、運転免許証、保険証が提示される。
 いずれも公的に証明された佐藤だった。
「どうしてこんなに佐藤ばっかり……。偏りすぎだろう」
「佐藤は日本で一番多い苗字なんですよ。重複したって不思議じゃない」
「それにしたっておかしい。あんたたち、一体どういう関係だ?」
「私たちはインターネットで知り合った佐藤愛好会のメンバーなんです」
「な、何なんだそれは?」
「佐藤という苗字を称える会です」
「活動内容は?」
「佐藤という苗字がいかに素晴らしいかを話し合うんです。
 参加条件は名前が佐藤であること。ただそれだけです」
 私はしばらく茫然としていたが、不意に腹の底から笑いが込み上げてきた。
「何がおかしいんですか?」
「だって、あまりにもバカバカしくて。もっと珍しい苗字ならともかく、
 よりにもよって佐藤だなんて。平凡すぎるし、ありすぎだ。
 いったい佐藤のどこが素晴らしいってんだ」
「佐藤を侮辱するつもりですか?」
「実は私も佐藤なんだ」
「え、あなたも同志ですか?」
「やめてくれよ。確かに私は佐藤だが、この苗字がいいと思ったことなんて一度もない。
 無個性だし鈍臭いし、何の面白味もありゃしない」
「不必要に自分をけなすのはよくありませんよ」
「別に自己嫌悪なんかに陥っちゃいないさ。佐藤って名前が最低ってだけだ」
「佐藤は何も悪くありません」
「いいや、最低だよ。何回でも言ってやるね。佐藤なんてどうしようもな……うっ!」
 後頭部に衝撃を受けて、私はその場に倒れ込んだ。
 五人の声がうっすらと耳に届く。
「あー、またやっちゃったよ」
「ううん。佐藤さんは悪くない。だってこの人、同じ佐藤なのに佐藤を馬鹿にしすぎだもの」
「すみません。佐藤の悪口を言われると、ついカッとなってしまって」
「佐藤さんがやらなかったら僕がやってたかも……」
「佐藤さんは我々の、いや、佐藤全体の鏡ですよ」
 薄れゆく意識の中で、私は地面に「さとう」とつづるのが精一杯だった。


 〜おわり〜